投資と経済 GOEMON

会社経営10年目のアラサー🏙️/2023年6月からブログ執筆本格開始/ 株式投資や社会人のスキル向上に役立つ記事を書いています。

円安によってイールドカーブ・コントロールを修正することはない(後編)

為替相場が1ドル145円前後で推移している中でも、7月末の日銀会合でイールドカーブ・コントロール*1の修正が行われることはないだろう。
*1イールドカーブ:YCC

前編では4月、6月の日銀会合の主な意見や債券市場サーベイに基づき、日銀がYCC修正をどう捉えているかを振り返った。中編では植田総裁の「(YCC修正において)サプライズはやむを得ない」発言の真意を解説した。後編の本稿では、昨年から続く円安によってYCC修正観測にどのような影響が出ているのか、日銀はそれをどう捉えているのかを紹介していく。

前編、中編に続き、イールドカーブ・コントロールについて理解を深めたい方、FXや株式投資で短期的な見通しのタイミングを図りたいかたの参考になれば幸いである。

■前編、中編:記事リンク↓

円安と大規模金融緩和政策

先にお伝えしておきたいのは、「円安だからYCCを修正する」ということは無い点だ。

円高、円安といった為替変動が日本経済に与える影響には良い面もあれば、悪い面もある。円安が進めば誰もが実感しているように輸入物価が高騰する。マクドナルドのハンバーガーは170円になったし、サラダ油はごま油かと思うほど値上げされている。その一方で、輸出企業からすると海外で商品を販売して得た1万ドルを日本円に換金する際に、1ドル100円と150円では1.5倍の差が開くので円安の方が嬉しいかもしれない。それを日本の従業員の給与に還元することも出来るし、パーッと飲みに行き飲食店の売上に貢献することもできる。

円安だから良い悪いと一概に言えるものではないだろう。

日銀は様々な指標とデータを見ながら、安定的に2%の物価成長を記録し、経済も伸びていく、そのような状況を実現しようと金融政策を決めている。その目標実現のために行っているのが、大規模な金融緩和政策であり、政策のうちのひとつがイールドカーブ・コントロールなのだ。

植田総裁が繰り返し伝えているのは、目標は安定的な2%の物価成長であり、それを達成するための手段が金融緩和の継続ということだ。

だから、YCCを修正し、円安を少し落ち着かせることによって安定的な2%の物価目標が達成されるのであれば、そうすることはあるだろう。しかし、円安を止めるという目的のためだけに日銀がYCCを修正することは無いのだ。

多くの経済メディアでは、日米金利差を縮小させ、円安に歯止めをかけるためにYCC修正があるかもしれないという記事が書かれているが、その目的が正しく理解されていないように思える。

仮に日米金利差を縮小させたとしても、あくまでも安定的な2%の物価目標を達成するためにそうするのであって、円安を止めるためではないのだ。

ファンダメンタルズに沿って安定的に円安になることに問題はない

しかし、このまま欧米諸国が政策金利を高水準でキープし、日本の緩和政策が継続されれば、来年や再来年には1ドル170円、180円とズルズル円安が進む可能性もある。

それは問題ないのだろうか?

植田総裁は「どういう時期の円安かによっても違ってくるとは思いますけれども、いずれにせよフ ァンダメンタルズに沿って、為替レートが安定的に動いていくということが重要というふうに考えてございます。」とコメントしている。水準などにはコメントしない方針であるため本音まではわからないが、安定的な推移を重視していることはわかる。

さらに付け加えておくと、鈴木財務相も6月30日の会見で「為替相場はファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが重要だ」と同じコメントを残している。

日本と欧米諸国の政策金利の差が大きなまま時間が経過しても、徐々に徐々に円安が進む分には日本経済は対応できると考えているのだろう。だから急激な動きが無い限り、金利差による円安はある程度黙認するハズだ。

昨年の円安と今の円安は状況が違う

ここで植田総裁の「どういう時期の円安かによっても違ってくるとは思いますけれども」という前置きについても確認しておこう。

直近数年での大きな円安の流れは昨年と今年の2回。この2回の円安を比較してみると、国内物価の状況は大きく違っている。6月20日に発表された中小企業の価格転嫁率は昨年同期比から6ポイント増加し47.6%、企業の輸入物価指数は円ベースでも契約通過ベースでも落ち着きつつある。

画像
企業の輸入物価指数

昨年の円安時は企業の輸入物価が、そもそも"契約通貨ベース"でも高騰していた(つまり、ドル円が一定だったとしても高騰していた)。それに円安が重なっていた。さらに日本では値上げ=悪、販売が落ち込むという心理的な障壁もあり企業がコストの増加を価格に転嫁出来ていなかった。

しかし、契約通貨ベースの輸入物価が下がったことで輸入時の二重苦は解消されつつあるし、日本でも徐々に値上げが許容されるようになってきた。今では毎月バンバン値上げがされていても、不買運動などが起きることはないし、消費が極端に鈍ることもなく、皆慣れつつある。

「誰かがやるなら自分もやる」という考え方が染み付いている日本においては、最初の一歩が極端に重かったが一度踏み出したら後は楽だということが明らかになりつつある。もちろん、値上げに慣れてしまい、今度は賃上げを止められず値上げも止められなくなる、という逆の不安もあるが、ここでは置いておこう。

こうした状況の変化が植田総裁の「どういう時期の円安かによっても違ってくる」という意味だろう。

植田総裁は繰り返しインフレ目標について言及している

しかし、円安が長続きし、輸入物価がさらに高騰して国民生活が苦しくなる可能性もある。それでも緩和政策、イールドカーブ・コントロールの継続をするのか?

そうした質問に対して、6月16日の総裁定例会見で植田総裁は次のように回答している。

確かに 4 月後半以降は円安になっているわけですが、それが日本経済にどういう影響を与えているかという点については、マイナスの影響だけでなくてプラスもあるかと思っています。 そのうえで、政策を維持している理由は、これも先ほど来申し上げていますように、 少し先のインフレ動向等を見通した場合に、まだ持続的・安定的に、2%には達していないというふうに考えているということでございます。

総裁定例会見(6月16日)

この考えや見通しは先週開催されたECBフォーラムでの発言を見ると、変わっていないようだ。

すでに物価目標を大きく上回っているが、基調的なインフレ率は2%より少し低いと考えている。このことが現在、政策を据え置いている理由だ。

ECBフォーラムでの発言より。日経新聞

繰り返しになるが、目標はあくまでの2%の安定的な物価成長であって、円安だからといってYCC修正を含め政策を変えることはない。

物価目標達成のために、必要ならば政策を修正するということだ。

そもそも植田総裁は円安による物価高騰とは認識していない

最後に植田総裁がそもそも昨今のインフレが円安によるものと認識していない点についても紹介しておきたい。

6月16日の総裁定例会見で、「大規模緩和の維持というところで足元また円安が進んでおりまして、これによって物価が高止まりする可能性もあるわけです。結果として家計に負担がいくというところだと思うんですけれども、そういった国民の負担について、植田総裁はどういった、ご認識をお持ちでしょうか。」という質問に対して下記のように回答した。

ヘッドラインのインフレ率でみれば、3.5%ということで、文字通り2%のインフレ目標と比べれば大きく上振れているわけで、これが国民の大きな負担になっているということは強く認識してございます。

ただ、これの原因が何かと言えば、(略) 海外発のコストプッシュ・インフレーションであるということです。難しいことでありますが、それは日本の金融政策で、直接どうこうするということはなかなかできないわけでございます。

総裁定例会見(6月16日)

「金融緩和維持で円安が進み、それが物価の高止まりしていて国民負担が増している。どう思うか?」という質問に「この原因が何かと言えば、海外発のコストプッシュ・インフレである」と回答しているのである。

つまり、円安はインフレの主要因ではないという認識なのだ。

そして、この海外発のコストプッシュ・インフレーションというのが、先程グラフでも示した「契約通貨ベース」の輸入物価の推移を見ると落ち着きつつあるとわかる。

輸入先の各国で起きているインフレが要因で輸入物価が高騰していたので、それは日本の金融政策を変えたところで抑えられなかった。しかしその海外発のインフレが落ち着き、輸入物価が下がってきたので、金融緩和を維持してもう少し様子見をさせてくれ、そんな状態なのだ。

結局のところ、YCC修正に直結するのはインフレ見通しであり、植田総裁が何度も伝えているように基調的なインフレ率が2%を上回っているか下回っているか、ちょうどいい塩梅なのか、ということになる。

そしてそのインフレ見通しを決める要因のひとつとして、他の経済指標と同じように、円安を含めた為替要因があるわけだ。

インフレ見通しが円安要因で引き上げられていると判断されれば、それは円安を止めるという思惑も含めたYCC修正になることがあるかもしれない。

しかし、最後にもう一度繰り返しておくが、目標はあくまでの2%の安定的な物価成長であって、円安を止めるためだけにYCCを修正することはない。

物価目標達成のために、政策を修正するということだ。

さいごに

YCC修正タイミングを予測するのであれば、日銀のインフレ見通しが引き上げられそうか、引き下げられそうか、横ばいなのかを予想する必要がある。インフレ見通しを予想するには様々な経済指標をチェックし、日銀の考えを先読みするするわけだ。ここがトレーダーや短期売買を生業とする投資家たちの腕の見せどころだ。

残念ながら私はそのどちらでも無いため、経済指標を見て速報だのどうのうこうのといった記事を書くことは基本的にはないが、今後もこうした中長期的なマクロに役立つ分析や経済ニュースの解説を投稿していくので、興味のある方はフォローなどして頂けると励みになる。

前編・中編・後編と3記事すべてを読んでくださった方は1万文字を越える量を読破してくれたことになる。少なくない時間を割いて頂いた分、新しい知見や視点を与えていられれば幸いだ。

それではまた。