なぜイールドカーブ・コントロールの早期修正はないと判断できるのか(前編)
植田総裁率いる日銀によるイールドカーブ・コントロール(YCC)がすぐに修正されることは無いだろう。
日米金利差が拡大し、1ドル145円前後まで円安が進行している今でさえ、YCCが早期に修正されることは無いと考えている。金融市場が新体制の植田日銀に就任前から期待していたのは「市場との丁寧な対話」だった。前総裁が率いる黒田日銀時に多くのサプライズで金融市場に混乱を招いた反省を活かし、植田日銀には市場とコミュニケーションを取りながらの政策変更が期待されている。
そして、その植田日銀は6月の金融政策決定会合でイールドカーブ・コントロールについて「早い段階で、その扱いの見直しを検討すべきである」と意見をまとめている。
そう、"見直しを検討すべき"と意見している。
"見直すべき"ではなく、"見直し"を"検討すべき"と言っているのだ。
6月の金融政策決定会合の段階でイールドカーブ・コントロールを早期に修正しようと考えているのであれば、「見直し」を「検討すべき」ではなく、「見直すべき」や「見直す必要がある」といった表現にしていたはずだ。言葉のニュアンスをこうした温度感に留めているのには理由があるはずで、それ故に直近で、今すぐにイールドカーブ・コントロールを修正するとは考えられないのである。
以下、この記事ではその他の理由と今後どのような発言や指標に注目しておくべきかを紹介する。
1.金融政策決定会合での意見の変化とサーベイ結果
冒頭で紹介した発言だけでは説得力が足りないだろう。
そこで植田日銀発足後の日銀政策決定会合の意見や植田総裁の会見の発言から、イールドカーブ・コントロールについての言及を紹介したい。
1.1 金融政策決定会合での意見の変化
4月末の会合では「足もと、(略) イールドカーブ・コントロールの運用を見直す必要はないと考える」ときっぱり。
イールドカーブの歪み(*1)が解消されつつあったため、昨年末からの政策修正の圧力が緩和していたことが伺える。
*1:イールドカーブの歪み
一般的に償還(返済)期間が長い国債ほど利回りが高くなる。しかし、日銀によるイールドカーブ・コントロールによって10年債券の利回りが抑えつけられて、グラフを見た時にそのポイントだけ凹んでいるのが、イールドカーブの歪みだ。
このイールドカーブの歪みが解消されていったことで、運用の見直す必要はないと考えた一方、債券市場の機能低下には懸念を示していた。
ただし、債券市場の機能低下を気にかけてはいるが、それだけであった。4月の会合における主な意見でイールドカーブ・コントロールについての言及はこの2点のみで、「YCCの運用を見直す必要はない」という指針がハッキリしていた。
そして6月の会合で冒頭の「YCCの扱いの見直しを検討すべきである」との意見が新たに出始めた。見直しを検討すべき理由としては、イールドカーブ・コントロール修正、撤廃時に急激に金利が変動する可能性、4月に懸念していた市場機能の低下、そして重要視している市場との対話を円滑化する点をあげている。
こうして並べてみると、温度感の変化がわかるだろう。
そして、今後イールドカーブ・コントロール修正をするのであれば、どのように温度感の変化を市場へ伝えそうかもイメージが湧くのではないだろうか。
4月と6月の金融政策決定会合における主な意見の温度感の変化から、私はイールドカーブ・コントロールの早期の修正はないものと考えている。
1.2 債券市場サーベイの結果は徐々に改善している
4月の会合の主な意見で懸念されていた債券市場の機能低下に関して、日銀は「今後の債券市場サーベイ結果に注目している」としていた。
この調査は「国債売買オペ対象先の大手機関投資家(生命保険会社、損害保険会社、投資信託委託会社等)」を対象として、債券市場の機能度や長期金利の先行き見通しについてなどを質問しているものだ。日銀は債券市場の機能度について、このサーベイ結果に注目していると言っている。
債券市場サーベイは四半期(3ヶ月)ごとに1度行われ、4月の日銀会合前に調査が行われたのは2023年2月であった。そして「今後の債券市場サーベイ結果に注目している」と意見した後に公開されたサーベイ結果が2023年5月のものである。
質問:債券市場の機能度
4月の会合でイールドカーブの歪みが解消されつつあるとの見方を示していた日銀の肌感と同じく、大手機関投資家も徐々に債券市場の機動度が改善していると感じているようだ。
債券市場の機能度が「高い」と思うのは当然ゼロなのだが、3か月前と比較して「改善した」と回答したのは調査対象のうち23%になった。まだまだ問題を抱えていることには違いないが、それでもイールドカーブ・コントロール修正の逼迫度は和らいといえる。
これは植田総裁が何度も会見やインタビューで「金融緩和を継続」との発言を繰り返していることが起因しているだろう。
しばらくの間は緩和政策を撤廃することは無いというコンセンサスにより、ある程度債券市場は落ち着いている。
このような状況下であれば、サプライズでイールドカーブ・コントロールを修正する必要も薄れるため、修正するにしても市場と対話を図るためシグナルが送られることだろう。
しかし、植田総裁は「ある程度のサプライズはやむを得ない」と発言したのでは?との疑問は当然浮かぶことと思われる。
先に結論を言ってしまえば、それは記事タイトルが独り歩きした結果と黒田日銀時のサプライズのインパクトが強すぎるが故、YCC修正は"サプライズ"で、というイメージ付いているように思えるのだ。
会見での質疑応答全文を見れば、"サプライズ"を含む発言は切り取って取り上げるまでもないものであり、当たり障りのない回答の一部なだけとわかるはずだ。
次回の後編ではこのサプライズの点を含め、イールドカーブ・コントロールがすぐに修正されない理由として3つのポイントを紹介する。
・円安だからといってYCC修正に動くわけではない
・国内インフレ率上昇がYCCを修正させるのか
・YCC修正時のサプライズは不可避なのか
続く、
後編の記事をアップ次第、こちらにリンクを貼る。