投資と経済 GOEMON

会社経営10年目のアラサー🏙️/2023年6月からブログ執筆本格開始/ 株式投資や社会人のスキル向上に役立つ記事を書いています。

本当にYCC修正においてサプライズは不可避なのか?(中編)

イールドカーブ・コントロールの修正において、ある程度のサプライズはやむを得ない」

植田総裁はそう述べたが、果たして本当に避けられないのだろうか。

前編では植田日銀の4月、6月の金融政策決定会合の主な意見と債券市場サーベイ結果を基に、直近でイールドカーブ・コントロールの修正が行われるとは思えない理由を解説した。中編の本稿ではネット上で数週間話題になっている「YCC修正のサプライズはやむを得ない」という植田総裁の発言の真意を紹介し、本当にサプライズは避けられないのかを解説していく。

経済ニュースを読んでいてイールドカーブ・コントロール修正はサプライズが起きて当たり前だと思っていたり、なぜサプライズが起きてしまうのか疑問だった方や、FX/株式投資で政策修正のタイミングを図りたい方の参考になれば幸いである。

YCC修正のサプライズはやむを得ないのか?

ネット上では「YCC修正においてある程度のサプライズはやむを得ない」という発言が切り取られ、独り歩きしている。

昨年末の黒田日銀によるイールドカーブ・コントロールの修正のインパクトは大きく、日本でも海外でも大きな話題となった。10年債の利回り上限を0.25%から0.5%へ拡大し、実質的な利上げとなったわけだが、前触れ無く発表したそのサイコパス的なスタイルが衝撃を与え、市場は混乱した。

画像
Bingで生成したサイコパスな黒田総裁。トラウマになる怖さだ

その時のインパクトの強さからか、6月16日に開かれた日銀定例会見で植田総裁が発した「(YCC修正において)ある程度のサプライズはやむを得ない」という一文が多くのメディアの見出しに使われて報じられた。

経済メディアを読まれた読者の方の多くは「YCC修正はサプライズを生むのが普通なのかな」と思われたのではないだろうか

しかし、会見の質疑応答全文を読むと、そんなことはないとわかる

発言の真意はコミュニケーションを尽くした上で…

植田総裁が「ある程度のサプライズはやむを得ない」と回答した質問は1つ前の質問から同じような内容が続いていた。発言の真意を理解するために、少し長いが1つ前の質問から確認していこう。

質問1:YCC修正観測についての考え

質問1

粘り強く緩和を続ける考えを示されているわけですけれども、金融市場の方では、例えば 7 月にも日銀はその長短金利操作*1の見直しなど政策修正に動くのではないかといった見方、なお根強いです。

市場のこうした政策修正に関する観測について、どういうふうにご覧になってますでしょうか。要は総裁が粘り強くと繰り返し発言なさってる意図が十分伝わっているというふうにお考えでしょう か。

総裁定例会見 6月16日

*1長短金利操作:イールドカーブ・コントロールのこと

回答1

YCCの見直しについてですけれども、これはこれまで申し上げてきた ことですが、やはり政策の効果と副作用についてきちんと比較衡量しつつ、私どもは政策を決めていきます。

それに関するコミュニケーションということで申し上げれば、一つは、今申し上げたような物価・経済の見通しをなるべく丁寧にご説明していくということと、副作用周りでは、市場機能についてどういう認識を持っているかということも丁寧に申し上げていくということかなと思ってございます。

総裁定例会見 6月16日より

1つ目の質問への回答を意訳すると
「YCC修正は、インフレと経済見通しについて日銀がどう考えているか、可能な限り伝えていくので、それを汲み取ってね。市場機能についてもどう考えているか伝えていくから空気読んでね。」
と言っているわけだ。

そして、インフレと経済見通しは、政策決定会合や他の会見でも発言している通りである。

植田総裁はつい数日前のECBフォーラムでも「すでに物価目標を大きく上回っているが、基調的なインフレ率は2%より少し低いと考えている。このことが現在、政策を据え置いている理由だ。」と語っている。

市場機能低下という副作用については、前編で紹介したように「債券市場サーベイの結果に注目していると4月の会合で意見しており、そのサーベイの最新結果では改善が見られていた。

ここまで読むだけでも、植田日銀がイールドカーブ・コントロールを予告なしにサプライズを起こしてまで、すぐに修正する理由が全くもって見当たらないとわかるだろう。

質問2:市場とのコミュニケーションとYCCについて

次に先程の質問の後に続いた、例の「サプライズはやむを得ない」発言が含まれる質疑応答を紹介する。

質問2

ちょっと今と同じような質問なんですが、市場とのコミュニケーションとYCCについてです。

総裁、これまで金融政策の運営に当たっては、市場とのコミュニケーションが大事であると、市場との対応を重視する姿勢を示されています。

一方で、YCCは事前に市場に修正を織り込ませることが難しい政策かと思います。お答え頂ける範囲で結構ですので、市場とのコミュニケーシ ョンとYCCについて、総裁のお考えをお聞かせください。

総裁定例会見 6月16日より

先程、植田総裁が「それ(YCC見直し)に関するコミュニケーションということで申し上げれば」と回答した直後にこの質問「市場とのコ ミュニケーションとYCCについてです」である点はあまりツッコまないでおこう。

回答2

まず、YCCについてでございますけれども、結局直前のご質問へのお答えと大差ない答えになってしまって恐縮でございますけれども、やはりわれわれの経済・物価・金融情勢の現状および先行きに関する見方、それを踏まえた政策運営の考え方について、丁寧に説明を行っていくということなのかなと思っております。

その中に、副作用についての考え方も含まれるということだと思います。そのうえで、毎回の決定会合でどうするかということを都度決定していくわけですので、一つの決定会合から次の決定会合の間に、様々な新しいデータや情報が入ってきますので、それに基づいて、前回とは違った結果になるということも含めて、ある程度のサプライズが発生するということも、他の政策でもそうですけれども、やむを得ないのかなというふうに思ってございます。

総裁定例会見 6月16日より

いかがだろうか。

該当の発言の前にこれだけの前置きが入っているのである

YCC修正についてどう思いますか?
市場と対話はするけど多少のサプライズはしょうがないかな。

くらいらいの温度感だと思っていた方も多いのではないだろうか。

長い前置きがあっての「サプライズはやむを得ない」

実際のところは、前の質問から繰り返し「経済、物価、金融情勢の先行き見通し」「それを踏まえた政策運営の考え方を丁寧に説明していくと伝えている。それが大前提であり、そのうえで、会合と会合の間に日銀の考え方をひっくり返すようなデータが出てきてしまったら、(他の政策もそうですが、とさらに前置きした上で)サプライズが発生してもしょうがないですよね、と述べているのだ。

1つ前の質疑応答からの流れと質問内容、回答全文を見ると「ある程度のサプライズはやむを得ない」と言ってはいるものの、よっぽどなデータが出てこない限りはサプライズにならないよう、徐々に市場が織り込めるように伝えていくという姿勢が見えないだろうか。

だからこそ、前編で紹介したように6月の会合で「その(YCC)扱いの見直しを検討すべき」という意見は、まだ"見直し"を"検討すべき"段階であり、"見直すべき"とは異なるニュアンスのものとして私は捉えているのである。

サプライズが起きるとすれば、いつか

6月の会合と先日のECBフォーラムでの植田総裁の発言を汲み取ると、近々にイールドカーブ・コントロール修正に動くとは思えないのは述べた通りだ。

しかし、サプライズが起きないかと言えばそうではない。

植田総裁が質疑応答で答えたように「一つの決定会合から次の決定会合の間に、様々な新しいデータや情報が入ってきます」という点が最もサプライズの要因となり得る。

そしてサプライズが起きるとすれば、年内は7月末~9月中旬、10月末~12月中旬までの経済指標で大きな変化があった場合だろう。

年内残りの日銀の金融政策決定会合のスケジュールは下記の通り。

日銀の金融政策決定会合 スケジュール
・7月27日,28日
・9月21日,22日
・10月30日,31日
・12月18日,19日
参照:日本銀行HP

7月の会合は先日6月16日に会合が開催されてから1ヶ月ちょっとしか間がないが、7月会合の後は9月下旬までと少しインターバルが長くなる。

インターバルが長くなればなるほど、会合毎に伝えている日銀の考えとその考えの根拠となるデータからの乖離が大きくなってしまう可能性が高くなる。

少し不穏な数値の経済指標発表からすぐに会合があり、日銀の考えがわかれば市場はすぐにそれを織り込めるが、経済指標の発表から1ヶ月半も先に会合となった場合、市場には様々な憶測が飛び交って、日銀のコミュニケーションは不十分なまま混乱を生む可能性がある。

その不十分なコミュニケーションと市場が混乱している状態から、政策を修正することとなれば、それは"サプライズ"を生むことになるだろう。

ただし、繰り返しになるがそれは会合間のデータがそれまでの考えをひっくり返すようなデータとなった場合なので、今のところそのような気配はない。

日本のインフレ率、特にコアインフレ率が日銀の見通しよりも高いまま長期間推移しそうでも突然データに表れるものではないし、円安だってファンダメンタルズに沿って円安になる分には問題ない、と鈴木財務相も答えている。

従ってそれらが要因で急に日銀が考えを変えるとは考えにくい。

サプライズを生むのは本当に限られたケースで、限られたケースであれば、その要因となった経済指標やニュースを見ていれば誰でも気付けるような大きさのものになるだろう。

当初の予定では2記事目を後編とし、「サプライズ」「円安」「インフレ率」の3ポイントについて紹介をしようと考えていたが、思いの外、サプライズについての解説が長くなってしまったのでこれを中編とする。

次回、後編では残りの「円安」「インフレ」とイールドカーブ・コントロール修正についての観測をまとめていく予定だ。

 

biz-goemon.hatenablog.com