内閣府と日銀の物価見通しからYCC修正の有無を考察する
7月20日(木)の東京株式市場は3営業日に反落した。機械、電気機器、精密機器が下落幅トップ3となった。
前日の米株式市場では英国のインフレ鈍化が好感されたものの、住宅関連指標が底堅く、CPI発表から安堵感のあった利上げ懸念がまだくすぶっていることが警戒された。また、テスラが決算発表を受けて時間外取引で売られていたことも重しとなったようだ。
こうした流れを受けて東京株式市場でも半導体銘柄を中心にハイテク株が売られた。
内閣府の経済見通し、物価の伸びが2.6%へ上方修正
政府の経済財政諮問会議が開かれ、政府の経済見通しが示されている内閣府年央試算が公表された。
まずは内閣府の公表した資料をそのまま貼り付けておく。
実質GDPは0.2ポイント下方修正され、1.3%となった。そして気になる消費者物価(総合)の見通しは2023年度で2.6%、2024年度で1.9%となった。今年の国内経済指標を見ていれば見通しを上方修正したことに驚きは無いだろうが、これが日銀の見通しと乖離があるのかがポイントになる。
4月末の日銀、展望レポートの物価見通し
4月末に日銀が公表した展望レポートでは、2023年度の生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)は1.8%、2024年度は2.0%と予想されている。
内閣府年央試算は総合であり、日銀の展望レポートは生鮮食品を除いているため、単純比較はできない。しかし総合CPIとコアCPIは過去1年では平均して0.1~0.3ポイントほどしか差が無いことを考慮すると内閣府の総合2.6%に対して、4月末の日銀によるコア1.8%の見通しはかなり乖離しているように見える。
日銀も来週の日銀会合で物価見通しを多少なりとも上方修正すると予想されているわけだが、おそらく内閣府の見通しに近い数字になるだろう。
来週の日銀会合で見通しはどの程度修正されるか
というのも、昨年12月の内閣府による2023年度の総合CPIの見通しが1.7%、今年1月の日銀による2023年度コアCPIの見通しが1.6%だったのだ。この時の乖離はわずか0.1ポイントで、総合とコアの差異を考慮すれば試算はほぼ同じだったと予想できる。
・内閣府 2022年12月見通し:2023年度 総合CPI 1.7%
・日銀 2023年1月見通し:2023年度 コアCPI 1.6%
今回も同様に試算の根拠となったデータや見方に大きな変化がなければ、両者で試算が大きく変わるとは思えない。そのため、先に公表された内閣府の見通しから0.1~0.2ポイント前後の幅まで日銀のコアCPIは上方修正されるのではないかと見ている。
つまり、日銀の物価見通しは、
・2023年度 生鮮食品除く消費者物価指数:2.4%~2.8%
・2024年度 生鮮食品除く消費者物価指数:1.7%~2.1%
の範囲内となると予想できる。
コアCPIの見通しが2.4%~2.8%ならYCC修正はどうなる?
仮に私の予想が正しく、コアCPIの見通しが上記のレンジに収まったとしたとする。さて、結局のところYCC修正はあるのかないのかが問題だ。
結論としては、本日8:30に発表される6月のCPIを見てからにはなるが、CPI発表前の時点では引き続き7月の会合では修正をしないのではないかと思っている。
日銀はもう少し物価目標を安定的に達成できると確信が持てる材料を欲していると思われ、次の会合までの時間稼ぎをしたいと考えているはずだ。
CPI発表前の段階では、今会合でYCCを急いで修正する逼迫した理由はないため、出来ることなら、持続的、安定的に2%の物価目標を達成できる地盤が固まるまで待つと予想できる。
そして、YCCを急いで修正する理由となる可能性があるのが、本日8:30に発表されるCPIなわけだ。もし仮に、6月のCPIが一気に跳ね上がるようなことがあれば、ムードは一転してYCC修正へ傾く。
逆に、大きく上振れることがなければ、予想通りの展開となりこのまま7月会合を通過すると見て良い。
そして、7月会合で今後のYCC修正を匂わせる発言の温度感を把握しておけば、ある程度の修正時期というのはわかってくるはずだ。
ひとまずは、朝8:30のCPIを見てみることにしよう。
私は普段10時ごろに起きるため、速報は出さないが明日か週末にCPIを受けての展望を書く予定だ。興味のある方はぜひフォローしてほしい。
ニュースメモ
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ナスダック100先物下落、ネットフリックスとテスラが売られる
時間外取引でネットフリックス、テスラともに売られている。事前の期待値が高すぎたか。
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ソニーファイナンシャルグループのアナリストさんのコラム。最下部の方の「過剰貯蓄、どこまで消費を支えるか」の段落はメモすべし。
米国のバラ巻き政策で増えた過剰貯蓄は今のペースだと年末で底をつく。これまで消費を支えてきた過剰貯蓄がなくなると個人消費がどうなるか気がかり。
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しかし、それまでの間、オーソドックスにサービス内でユーザー属性がハッキリしている出稿先としてYelpなどが復調し、見直されている可能性がありそうだ。
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予想通りYCC修正観測後退 / 国内インバウンド需要は想像異常の回復
7月19日(水)の東京株式市場は前日夜の植田日銀総裁による発言を受けて続伸した。
植田総裁はG20の会議後のインタビューで物価目標達成には「まだ距離がある」という「前提が変わらない限り、全体のストーリーは不変だ」と語った。これを受けて、連日経済メディアで煽られていた謎のYCC修正観測が後退した。
これに関してはTwitterでもnoteでも繰り返し書いてきたので、そちらをご覧頂きたい。
国内インバウンド需要は順調に回復中
観光庁が6月の訪日客を発表し、207万人に達してコロナ禍前の7割を越えたことがわかった。
スーパー以外では週に1度程度しか外に出ない私ですら、街中に外国人が増えてきたのを実感するぐらい最近は外人さんをよく見かける。リベンジ消費に加えて、円安による日本への旅行は増えており、輸入物価が高まることと引き換えに経済へはプラスの効果も大きく与えているようだ。
同じ統計データでは訪日客1人あたりの旅行支出が2019年6月と比較して+32%の20万5,000円と発表されている。
1人あたりの消費額が増えているため、訪日客数が7割を越えたところでも消費総額の減少幅は同期比で-4.9%に留まっている。あと数ヶ月もすれば消費総額ではコロナ禍前を上回るかもしれない。
派遣時給が上がり、日銀目標にはプラス
エン・ジャパンが発表した6月のデータによると、派遣社員の防臭時の平均時給が三大都市圏で前年同期比+3.5%となり2ヶ月連続で過去最高を更新したとのこと。
正規雇用社員だけでなく、派遣社員にも賃金上昇は浸透しつつあり、アルバイトも含めて全体的な賃金の底上げが期待されている。
日銀の目標は賃金上昇を伴う2%のインフレであるから、こうした流れは好感されるだろう。ただ、どこもかしこも賃上げ、コスト吸収のために商品値上げ、さらに賃上げ、値上げ、と歯止めがかからない可能性もあるので、過熱感がないかは今後注視されていくべきだろう。
マイクロソフトが企業向けAIチャットサービスのプレビュー版提供開始&メタと生成AIで提携
マイクロソフトはAIチャットサービスのBing Chatの企業向け版のプレビューを開始したと同時に、メタと生成AIで提携を発表した。
企業向けということで、これまで懸念されていたデータの取扱をしつこく、これでもかというぐらいにアピールしているようだ。入力されたデータは学習に使わないし、保存もしないので安心して企業が使えるよ、とのことだ。個人ユーザーでも月額5ドルから利用可能とのことで、まずは普及させるためにかなり抑えた価格になっている印象を受けた。
月額5ドルでスタートし、AIチャット無しでは業務効率が下がってしまうぐらいに浸透した段階で値上げするのだろう。
マイクロソフトの株価はこれらサービス郡の詳細とメタとの提携発表後に終値ベースで前日比+4%、上場来最高値を更新している。
ニュース一覧
円、一時139円台に下落 日銀のYCC7月修正観測後退で
ドル・円は138円台後半、植田日銀総裁の発言で政策修正観測が弱まる
日銀総裁、緩和継続の前提「毎回の会合でチェックする」
メタ、生成AIでMicrosoftと提携 クラウドで外部提供
メタはマイクロソフトを優先パートナーと位置づけ、同社のクラウド「アジュール」を通じて生成AIの基盤技術「Llama(ラージ・ランゲージ・モデル・メタ・AI)2」を企業に提供する。
企業はメタの基盤技術を商用利用できるようになる。
マイクロソフト、企業向け「Bing Chat Enterprise」プレビュー開始、個人ユーザーも月額5ドルで利用可能。
マイクロソフト株上昇の勢い、市場予想もナスダック100も追い付けず
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【コラム】「起きなかった」が重要、軟着陸に四つの仮説-エラリアン
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英6月インフレ率7.9%、1年余りで最も低い-金利ピーク6%割れ観測(Bloomberg)
6月の訪日客207万人 初のコロナ前比7割超え
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主要20社営業益、円安が支え 4〜6月3600億円押し上げ
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ゴールドマン、4-6月利益急減-投資銀不調や不動産評価損で
米住宅着工件数、6月は年換算143.4万戸に減少-予想を下回る
それではまた明日!
米利上げ動向、FRB副議長含む要人4名の発言。残り2回の利上げ姿勢を崩さず
12日(水)の米消費者物価指数の発表を前に、バーFRB副議長ら要人4名が講演やインタビューで各々の考えを発信し、タカ派と捉えられる内容となった。
結論を先にまとめておこう。
面白いぐらいに昨日書いた週間展望で予想した通りの発言となったわけだが、市場でもほとんどのトレーダーがこのような内容を織り込んでいたため、特に目新しさはなかった。
短期金融市場は変わらず年内あと1回の利上げを織り込む
こうした発言を受けても前述の通り、市場は反応せず7月の0.25ポイントの利上げ後、9月にも利上げがされる可能性は22%ほどしか織り込まれていない。
このグラフは9月20日のFOMC会合後の政策金利がどうなるか予想しているトレーダーたちの割合推移を示したものだが、80%近くが5.25~5.50%、つまり7月に0.25ポイント利上げした後、9月のFOMC会合では利上げを停止すると見込んでいることになる。
しかしながら、今日の要人たちの発言はもちろんのこと、前回のFOMC会合の議事要旨でタカ派寄りの利上げ停止であったことが明らかになり、9月にも0.25ポイントの利上げを予想する緑色のグラフもジリジリと上昇している。
市場は痛い目にあう可能性
私個人は6月のFOMC会合後に、ドットプロットが示すように年内2回の利上げがあると思っている。
何度も書いているが、FRBが重要視しているのはコアPCEであり、そのコアPCEがFRBの予想通りの減速を示さない限り、多少雇用統計やCPIがインフレ沈下を示唆しても利上げペースと幅はFOMC会合で示された通りに推移するはずだからだ。
彼らは年末におけるコアPCEが3.9%になると予想し、それ故に年内残りで0.5ポイントの利上げを見込んでいる。
そして、先月のコアPCEは前年比+4.6%で前月比でも+0.3%と横ばいであり、確信を持てるようなインフレ減速とはなっていない。雇用者の増加ペースが鈍ったり、総合CPIがエネルギー価格の下落で落ち着いても、基調的なインフレ率が明確に下落しない限り、今のFOMCメンバーの金利見通しが変わることはない。
市場がなぜ7月の利上げ後の停止を見込んでいるのか、ここから急速にインフレ指標が鈍化を示すとは思えない私にとってはイマイチ理解できないのだが、このまま行くと痛い目にあうに違いない。
昔と比較して金利引き上げが経済へ効きにくくなっている
もし今の市場予想が過去のデータを基に、5%の政策金利が何ヶ月続いたら失業率がうんたらかんたら、といった試算を基にしている場合、予想が外れる確率はさらに高くなるだろう。
20年、30年前と比較してはもちろんのこと、10年前と比較しても企業の設備投資に占めるソフトウェアサービスの割合は格段に高くなった。ソフトウェアサービスは工場やビルといった設備と比較して金額が小さいため、借入が必要なかったり借入するにしても短期で済むことが多い。
借入の必要が低ければ低いほど、企業は金利が引き上げられても影響は少なくなる。
IT企業の決算書に目を通していると、無借金経営であることが多いが、ソフトウェアが中心で有形資産の設備投資を必要としない業種が増え、製造業でも無形資産への設備投資が増えている。
このような背景があり、政策金利が引き上げられても実体経済への影響が昔ほど大きくはならないというわけだ。
参考:日本の民間企業の設備投資(実質値)の推移
日本国内のデータに限ってもソフトウェアへの投資額はとんでもなく伸びている。
過去のデータに習い、今後の動きを予測するというのは一見手堅い分析のように見えても中身がすっかり変わってしまっていることがある。
今回のインフレは根強い、根強いと言われ続け、何が根底にあるのかは終わって見なければわからないかもしれないが、少なくともこうした企業の設備投資の内訳の変化も一因ではあるだろう。
ジリジリ下げる展開、CPIは大した動きにならない可能性
7月2週の米国株相場は12日に発表されるCPIを待ちながら、全体としてはジリジリと下げる展開となりそうだ。
S&P500、NASDAQ100ともに小幅な下落となった前週は製造業景況感指数がコロナ禍を除き、リーマンショック以来の低さを示唆した所からスタートした。"非"製造業は反対に、景況感がよく、4ヶ月ぶりの高水準で雇用指数も雇用拡大を示す結果となった。週半ばのADP民間雇用者数は市場予想の倍の雇用者数を示すサプライズはあったものの、週末の雇用統計の非農業部門雇用者数は予想を下回るなど、なんとも判断が難しい一週間になってしまった。
総合してみると、FRBのタカ派姿勢を覆すデータとはなっておらず、年内2回の利上げ路線は引き続き維持されていると見ている。
12日に発表されるCPIで大きなサプライズが無ければ、今週後半以降もこの流れは続くハズだ。
FOMCメンバーの発言に注目
CPIの発表以外ではFOMCメンバーの発言に注目が集まっている。
日々、かなりの数のニュースを追っている私の見解としては、現段階でハト派な発言をするメンバーは限られているため、タカ派よりな発言が見出しを飾ることが多くなる一週間となるだろう。「年内2回の利上げが適切」とまでは踏み込まないだろうが、先週発表された雇用統計などを受けても「確信は持てない」といった趣旨の発言がされそうだ。
少なくとも、7月FOMC会合で0.25ポイントの利上げはコンセンサス通り行うことを示唆すると同時に、「9月会合までは期間が空いているので、その間のデータ次第であるが、やるべきことはまだ残っている。」と9月の利上げ見送りを予想するトレーダーたちに牽制するような発言が予想される。
こうした発言を受けて今週の米国株相場はCPI発表まではジリジリと下げ、CPIでも大きく良い方向へサプライズが起きない限り、大まかな流れは変わらないのではないだろうか。
FOMC議事要旨で見えたタカ派寄りな利上げ見送り
6月のFOMC会合の議事要旨が公表され、全会一致で政策金利を据え置いたものの、一部のメンバーは利上げを支持していたことがわかった。
ドットプロットでは年内に0.5ポイントの利上げ見通しとなっていたが、FOMC会合直後にはほとんど市場は信じていなかった。しかし、パウエル議長の議会証言やECB主催のフォーラムでの発言、一貫したタカ派姿勢も相まって、徐々に市場がFRBの見通しを織り込みつつある。
市場では7月のFOMC会合で0.25ポイントの利上げは92.4%まで予想が上昇し、9月での利上げ予想は24.0%まで増えている。1ヶ月前は15.69%だった。
正直なところ、短期金融市場の予想は直近ではあまり参考になりそうもなく、雇用統計後の動きを見ても意見が割れている。
雇用統計を市場はどう捉えているのか
雇用統計の主要な数値をおさらいしておくと、下記のものが最低限把握しておくべき数字だ。( )は前月の数字。
・就業者数:20万9,000人(修正値 30万6,000人)
・失業率:3.6%(3.7%)
・平均時給 前年同月比:+4.4%(+4.3%)
・平均時給 前月比:+0.4%
就業者数は予想の24万人前後から下触れ、コロナ禍前 2015年~2019年の平均 19万人程度に近づきつつあることが示された。これを受けて、債券市場はFRBのタカ派姿勢が和らぐと見て2年債の利回りが急低下した。
2年債の利回りが低下するのはどういう意味か?
一時2年債の利回りが低下したのは、市場が2年先の米国金利が下がることを予想したということである。
債券はとっつきにくいので、別途債券の解説を何本かに分けて書く予定だが、ひとまず簡単にだけ説明しておこう。今回一時的に利回りが低下したのは下記のような流れをイメージして欲しい。
かなりザックリとだが、細かいツッコミは抜きにして、全くもって債券のイメージがわかない方はこのような流れで認識しておいて欲しい。
雇用統計を総合的に判断すると何も変わらなかった
さて、こうして雇用者数の伸びが市場予想を下回った結果、一時的に2年債の利回りが低下し、市場はハト派ムードに傾いたかと思いきや、すぐに反転した。
平均賃金が上昇している点を懸念し始めたためだ。
サービス価格において、人件費が重要なファクターとなっていることは既知の通りだ。就業者数が少し落ち着いても、賃金がまだ伸びているならば油断はできないと市場は判断したことになる。
終わってみれば、2年債の利回りは雇用統計発表前とほぼ変わらずという展開になった。
CPIも大した動きにはならない可能性
今週の注目はなんといっても12日に発表されるCPIであり、その中でもコアCPIが重要だ。
市場予想は前年同月比+5.0%(5月は5.3%)となっていて、この数値から大幅に乖離することはないだろう。ブレても±0.2ポイント程度だろうし、仮にブレたとしてもそれほど大きな影響を市況に与えることはなさそうだ。
なぜならば、FRBが気にしているのは結局のところコアPCEだからだ。
CPIはPCEより早く発表される指標なので、PCEを予想する上では重要とは言えそうだが、昨今のインフレ相場を判断することにおいては徐々にその影響力は弱くなっているように思える。
前週もお伝えしたように、パウエル議長はエネルギーと食品を除くPCE(コアPCE)についてFOMC会合やその他の講演などでも何度も言及しており、こちらの数字がFOMCメンバーの見通しに沿っているか、乖離しているかを把握する方が重要だろう。
彼らは年末におけるコアPCEが3.9%になると予想し、それ故に年内残りで0.5ポイントの利上げを見込んでいる。
だから年末に向けてコアPCEが3.9%へ落ち着きそうか、現在の4.5%前後で下げ止まりしそうか、それとも3.9%より急速に落ち込むのかで利上げ継続、停止、利下げの判断をすべきと言える。
そして、繰り返しになるがそのコアPCEの前に発表されるのがCPIなので、今月末 28日に発表されるコアPCEを予想するために、CPIの数字を見ておくべきだ。
短期のトレードにかけるのであれば、CPIとPCEの相関性を過去の傾向から図り、相場の見通しと乖離があるかをチェックすると良いのではないだろうか。
残念ながら私には短期で売買する度胸と資金がないため、今週もゆったりまったり、長期的に成長するであろう個別株を物色する日々を送る予定だ。
まとめ
・雇用統計が終わったものの大局には影響はなさそうだ
・FOMCメンバーの発言に注目
・FOMCメンバーはタカ派寄りな発言が多くなりそうだ
・その発言を受けてCPIまではジリジリと下げる展開が予想される
・CPIは大きなサプライズは産みにくいだろう
・インフレ、利上げ動向においてはCPIより月末のコアPCEが重要
円安によってイールドカーブ・コントロールを修正することはない(後編)
為替相場が1ドル145円前後で推移している中でも、7月末の日銀会合でイールドカーブ・コントロール*1の修正が行われることはないだろう。
*1イールドカーブ:YCC
前編では4月、6月の日銀会合の主な意見や債券市場サーベイに基づき、日銀がYCC修正をどう捉えているかを振り返った。中編では植田総裁の「(YCC修正において)サプライズはやむを得ない」発言の真意を解説した。後編の本稿では、昨年から続く円安によってYCC修正観測にどのような影響が出ているのか、日銀はそれをどう捉えているのかを紹介していく。
前編、中編に続き、イールドカーブ・コントロールについて理解を深めたい方、FXや株式投資で短期的な見通しのタイミングを図りたいかたの参考になれば幸いである。
■前編、中編:記事リンク↓
円安と大規模金融緩和政策
先にお伝えしておきたいのは、「円安だからYCCを修正する」ということは無い点だ。
円高、円安といった為替変動が日本経済に与える影響には良い面もあれば、悪い面もある。円安が進めば誰もが実感しているように輸入物価が高騰する。マクドナルドのハンバーガーは170円になったし、サラダ油はごま油かと思うほど値上げされている。その一方で、輸出企業からすると海外で商品を販売して得た1万ドルを日本円に換金する際に、1ドル100円と150円では1.5倍の差が開くので円安の方が嬉しいかもしれない。それを日本の従業員の給与に還元することも出来るし、パーッと飲みに行き飲食店の売上に貢献することもできる。
円安だから良い悪いと一概に言えるものではないだろう。
日銀は様々な指標とデータを見ながら、安定的に2%の物価成長を記録し、経済も伸びていく、そのような状況を実現しようと金融政策を決めている。その目標実現のために行っているのが、大規模な金融緩和政策であり、政策のうちのひとつがイールドカーブ・コントロールなのだ。
植田総裁が繰り返し伝えているのは、目標は安定的な2%の物価成長であり、それを達成するための手段が金融緩和の継続ということだ。
だから、YCCを修正し、円安を少し落ち着かせることによって安定的な2%の物価目標が達成されるのであれば、そうすることはあるだろう。しかし、円安を止めるという目的のためだけに日銀がYCCを修正することは無いのだ。
多くの経済メディアでは、日米金利差を縮小させ、円安に歯止めをかけるためにYCC修正があるかもしれないという記事が書かれているが、その目的が正しく理解されていないように思える。
仮に日米金利差を縮小させたとしても、あくまでも安定的な2%の物価目標を達成するためにそうするのであって、円安を止めるためではないのだ。
ファンダメンタルズに沿って安定的に円安になることに問題はない
しかし、このまま欧米諸国が政策金利を高水準でキープし、日本の緩和政策が継続されれば、来年や再来年には1ドル170円、180円とズルズル円安が進む可能性もある。
それは問題ないのだろうか?
植田総裁は「どういう時期の円安かによっても違ってくるとは思いますけれども、いずれにせよフ ァンダメンタルズに沿って、為替レートが安定的に動いていくということが重要というふうに考えてございます。」とコメントしている。水準などにはコメントしない方針であるため本音まではわからないが、安定的な推移を重視していることはわかる。
さらに付け加えておくと、鈴木財務相も6月30日の会見で「為替相場はファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが重要だ」と同じコメントを残している。
日本と欧米諸国の政策金利の差が大きなまま時間が経過しても、徐々に徐々に円安が進む分には日本経済は対応できると考えているのだろう。だから急激な動きが無い限り、金利差による円安はある程度黙認するハズだ。
昨年の円安と今の円安は状況が違う
ここで植田総裁の「どういう時期の円安かによっても違ってくるとは思いますけれども」という前置きについても確認しておこう。
直近数年での大きな円安の流れは昨年と今年の2回。この2回の円安を比較してみると、国内物価の状況は大きく違っている。6月20日に発表された中小企業の価格転嫁率は昨年同期比から6ポイント増加し47.6%、企業の輸入物価指数は円ベースでも契約通過ベースでも落ち着きつつある。
昨年の円安時は企業の輸入物価が、そもそも"契約通貨ベース"でも高騰していた(つまり、ドル円が一定だったとしても高騰していた)。それに円安が重なっていた。さらに日本では値上げ=悪、販売が落ち込むという心理的な障壁もあり企業がコストの増加を価格に転嫁出来ていなかった。
しかし、契約通貨ベースの輸入物価が下がったことで輸入時の二重苦は解消されつつあるし、日本でも徐々に値上げが許容されるようになってきた。今では毎月バンバン値上げがされていても、不買運動などが起きることはないし、消費が極端に鈍ることもなく、皆慣れつつある。
「誰かがやるなら自分もやる」という考え方が染み付いている日本においては、最初の一歩が極端に重かったが一度踏み出したら後は楽だということが明らかになりつつある。もちろん、値上げに慣れてしまい、今度は賃上げを止められず値上げも止められなくなる、という逆の不安もあるが、ここでは置いておこう。
こうした状況の変化が植田総裁の「どういう時期の円安かによっても違ってくる」という意味だろう。
植田総裁は繰り返しインフレ目標について言及している
しかし、円安が長続きし、輸入物価がさらに高騰して国民生活が苦しくなる可能性もある。それでも緩和政策、イールドカーブ・コントロールの継続をするのか?
そうした質問に対して、6月16日の総裁定例会見で植田総裁は次のように回答している。
この考えや見通しは先週開催されたECBフォーラムでの発言を見ると、変わっていないようだ。
繰り返しになるが、目標はあくまでの2%の安定的な物価成長であって、円安だからといってYCC修正を含め政策を変えることはない。
物価目標達成のために、必要ならば政策を修正するということだ。
そもそも植田総裁は円安による物価高騰とは認識していない
最後に植田総裁がそもそも昨今のインフレが円安によるものと認識していない点についても紹介しておきたい。
6月16日の総裁定例会見で、「大規模緩和の維持というところで足元また円安が進んでおりまして、これによって物価が高止まりする可能性もあるわけです。結果として家計に負担がいくというところだと思うんですけれども、そういった国民の負担について、植田総裁はどういった、ご認識をお持ちでしょうか。」という質問に対して下記のように回答した。
「金融緩和維持で円安が進み、それが物価の高止まりしていて国民負担が増している。どう思うか?」という質問に「この原因が何かと言えば、海外発のコストプッシュ・インフレである」と回答しているのである。
つまり、円安はインフレの主要因ではないという認識なのだ。
そして、この海外発のコストプッシュ・インフレーションというのが、先程グラフでも示した「契約通貨ベース」の輸入物価の推移を見ると落ち着きつつあるとわかる。
輸入先の各国で起きているインフレが要因で輸入物価が高騰していたので、それは日本の金融政策を変えたところで抑えられなかった。しかしその海外発のインフレが落ち着き、輸入物価が下がってきたので、金融緩和を維持してもう少し様子見をさせてくれ、そんな状態なのだ。
結局のところ、YCC修正に直結するのはインフレ見通しであり、植田総裁が何度も伝えているように基調的なインフレ率が2%を上回っているか下回っているか、ちょうどいい塩梅なのか、ということになる。
そしてそのインフレ見通しを決める要因のひとつとして、他の経済指標と同じように、円安を含めた為替要因があるわけだ。
インフレ見通しが円安要因で引き上げられていると判断されれば、それは円安を止めるという思惑も含めたYCC修正になることがあるかもしれない。
しかし、最後にもう一度繰り返しておくが、目標はあくまでの2%の安定的な物価成長であって、円安を止めるためだけにYCCを修正することはない。
物価目標達成のために、政策を修正するということだ。
さいごに
YCC修正タイミングを予測するのであれば、日銀のインフレ見通しが引き上げられそうか、引き下げられそうか、横ばいなのかを予想する必要がある。インフレ見通しを予想するには様々な経済指標をチェックし、日銀の考えを先読みするするわけだ。ここがトレーダーや短期売買を生業とする投資家たちの腕の見せどころだ。
残念ながら私はそのどちらでも無いため、経済指標を見て速報だのどうのうこうのといった記事を書くことは基本的にはないが、今後もこうした中長期的なマクロに役立つ分析や経済ニュースの解説を投稿していくので、興味のある方はフォローなどして頂けると励みになる。
前編・中編・後編と3記事すべてを読んでくださった方は1万文字を越える量を読破してくれたことになる。少なくない時間を割いて頂いた分、新しい知見や視点を与えていられれば幸いだ。
それではまた。